
作ってみました、連投です。
カフェ風エプロンを大人用で作ってみた。
私の、入園グッズとして…あれ?
ずっと昔に作ったエプロンがもう色も褪せて、娘のアトリエで油絵の為に使われてそこそこ汚れたので…油絵具は落ちないですし…もう廃棄して自分のエプロンを作ろうと思って作りました。
が、もともとキッズ用エプロンだったこの超簡単な四角い布を折って縫うだけのエプロン、
大人用にするのには若干無理があった。
それとももっと幅を大きくしたらよかったのかな?
まあいいや。
使えないこともないので、とりあえず補助に後ろにスナップを付けたりして、ごまかしました。
またそのうち自分用のエプロン、考えます。
なで肩問題は紐をつける位置の幅を狭めたりして解決しているんだけど、大人の体形問題がクリアできなかった。
まあ、とりあえずいいです。布を気に入っているので、どこも無駄にせずに使いました。
さて。ここからは最近つらつら思ったことなのですが。
今更ながら、自分は人を全く分かっていないんだなと思った件について。
先日、遊びに行くのに娘を誘いに来たお友達、久しぶりに家に寄るので迷わないように早くお家を出たら、予定より15分も早く着いてしまったようなんです。とても暑い日だったので、汚いけど、気にしないで入って、入って。
(うち全員3回目打ってるし、君のご両親も、可愛いお嬢さんが日向で15分待つよりは家の中の方がいいと思うでしょう。)
と彼女を家に上げた。
コロナが始まるまでは、娘に、
「ハナコの友達は全員歓迎するから、仕事をしていない時間帯なら、いつ何時来てもよい。家は汚いこともあるが、私は気にしない。」
としていたものだから、家は放課後たまり場になっていて、娘の小学生時代の友達はかなり見知っている。
だから先日数年ぶりに顔を見たEちゃんがお姉さんになって現れたことがとても嬉しく、
「Eちゃん、久しぶりだね? 学校は楽しい?」
とよく娘の友達にする質問をした。
それに対してEちゃんはう〜ん、と返答に詰まっていたので、
私はそれ以上苦しめてはいけないと思い、
いつものように馬鹿っぽく、適当に流しておいたけれど、何年も会っていない次妹に似ているなと思った。
私のよく知っている昔の妹は私と正反対で、とても出来がよく、思慮深く、頭の回転が速くて、仲間内では気の利いた話をいくらでも繰り出せるような面白い人なのだけど、大人しくて内向的だと思う。(今はどうだかわからない。)
「好き?」「よかった?」という質問にさんざん迷った挙句、「悪くない。」と応える人。
惜しいと思う。本当に惜しい。
私は姉だから妹のことは全部OKだけど、強いて言えば彼女の唯一の欠点だと思う。
そこで「好き!」「よかった!」と言える人には次のチャンスが来るというのに。
Eちゃんが私の「学校楽しい?」攻撃に困っていたことをその日の夕食の時間に家族に話すと、旦那様。
「楽しい? て聞くじゃない? 学校では多分、楽しいことも楽しくないことも両方あるよね。
楽しい? って聞かれたら、考えるんだよ。
あれは楽しかったけど、これはいまいち。
それは良かったけどあれは楽しくなかった。
ここは楽しいと答えるべきなのか、楽しくないと答えるべきなのか、どっちだろう?」
長年の疑問が腑に落ちた。
そこから、無難に「悪くない。」に着地させられているのかもしれない。
そうか。真面目で複雑な人ってそういう思考をするんだな。
質問が悪かったんだ。やっと自分の間違いに気付いた。
私なんか、楽しい? と聞かれたら「楽しい」と返すのが礼儀ぐらいに思っていた。
「楽しくない」でもいいんだけど、それは直感で即答できるものだと思っていた。
浅慮ここに極まれりっていう感じね、それって。
娘なんかは聞くまでもなく踊っていて、学校が楽しくて楽しくて仕方がないことが
端々から伝わって来るような子だし、何か嫌なことが稀にあったりすると詳細を面白おかしく話してくれる。
楽しい? には「うん」と即答で帰って来る。
娘の一番近しい友達グループも家の前で学校帰りにたむろったりしているところで
学校はどうなの? と聞いてみると
「楽しい!!!!!」
とみんなで答えてくれるので、あまり問題意識を持っていなかった。
Eちゃんのような繊細な人に対して、
「学校は楽しい?」
という聞き方は極めて乱暴なのだね。
そうか。
私が間違っていたわ。
妙に納得し、反省したのでありました。